2019年10月31日

誕生日に何か書いてみる。その23

もうクロスだけでいいんじゃね?

第二十三回目は

「悪魔城ドラキュラ」(SFC)

1991(平成3)年10月31日(木)、今年で28周年です。

「グラディウスIII」「がんばれゴエモン ゆき姫救出絵巻」に続くコナミSFC第三弾として登場した「悪魔城ドラキュラ」。
進化したスーパーファミコンのグラフィック、BGM、処理能力を駆使して「初代」を再構築したリメイク版…というよりこれはもう新作と言ったほうが正しいかもしれない。
主人公は変わらずシモンで、姿形は変われど続投している敵も多いものの、ステージは完全に別物で、やっていて「初代」を思い起こすような場面はほぼないし。
ゲーム面でも拡大縮小とか部屋まるごと回転とか巨大シャンデリアとか、とにかく機能を使ってみたかったんだろうなーと思える場面が割と多いし、むしろ「スーパーファミコンの機能ありき」でプロジェクトが始まったような感じすらある。
その点からみても、コンセプトは「リメイク」ではなくスーパーファミコンによる「新生」だったのかもしれない(正確なところは知らないけど)

…とはいえ、スーパーファミコンの各機能を無理なく落とし込んだうえ、ヘタをするとてんでバラバラになって収拾がつかなくなりそうな要素をうまくまとめ上げた手腕は大したものだし、インパクト面での訴求力も十分で、「これはぜひやってみたい!」と思わせたのだからやはりこのころのコナミはすごい。

もっとも、全体的なバランスはやや大味というか、頻繁にアウアウ叫んでいる気がする割には戦闘面で苦労する場面はあまりなくて、でも代わりに即死トラップだらけという極端な調整になっているのは確か。
本サイトの「悪魔城解析塔」を見ればわかりますけど、トラップ一覧は赤数字(即死)てんこ盛り。
逆に言うとそれでもバランス崩壊はしていないのだから、それはそれですごいと思うべきなのかもしれないけれども。

しかし、そんな大味さなんてまとめてしまっちゃえるくらいに個人的に特に印象深かったのは、最終ステージ(側近の部屋に入って以降)の流れですね。

激しい曲をバックに、最後の側近・死神を倒すと一転して訪れる静寂。
意を決して天守への通路へ踏み出すと、シモンを誘うように松明が灯り、同時に流れ始める「ドラキュラの間」(オープニング曲)
そのまま最終戦へと突入し、ドラキュラを追い詰めたところで不意を突くように始まる「シモン・ベルモントのテーマ」(誤記にあらず)
そして長かった夜が明け、朝日が差し込んで戦いの最後を告げる…。

文才皆無だから0.1%も伝えられていないと思うけど、ここの展開は熱い。熱すぎる。とても1991年のものとは思えない。
冗談抜きにして、この演出を超えるものには未だ会ったことがないくらいに。
もちろん、自分の大したことのないうん十年の記憶にある限り、だけど。

まだ見たことがない人はぜひ見てみてください。
セリフなんか一切なくても、演出だけでこれだけの感動とドラマ性を呼び起こせるという良い見本です。
あ、でも動画で他人のプレイを見るのはダメです。
情緒も何もないTAS動画なんてもってのほかです。
あれは自分で努力して頑張って泣いて絶望してたどり着いてこそ価値のあるものだから。

もっとも、そこまで行けるプレイヤーは結構限られるのも事実なのですが…。

同期のシリーズ作品など(再掲)

2019年10月30日

誕生日に何か書いてみる。その22

城にいるヤツは誰であろうとブチのめす。

第二十二回目は

「悪魔城ドラキュラ」(MSX)

1986(昭和61)年10月30日(木)、今年で33周年です。

「初代」から約一月遅れで発売された、いわば「もう一つの初代」。
ちなみに海外(欧州)ではこちらが「初代」で、タイトルも「Vampire Killer」だったりします。

プロジェクトとしてはほとんど同時進行で、わずかなタッチの差でディスクシステム版の方が先に世に出た…という印象。
もしMSX版が違うプロジェクトチームだったらちょっと悔しい思いをしたのかもしれませんが、キャラクターグラフィックやBGM、ステージ等、多くの要素が共通しているところから見ると、同じチーム内でやっていた可能性の方が高いのかも。
「ほぼ同時進行でありながらゲーム性が大きく異なる」というのが面白い点で、その辺りの裏話とか聞ければ興味深いものがありそうな感じなのですが…もはや難しいでしょうね…。

そんなMSX版ですが、自分はリアルタイムでは触れていません。
自分はもとより周りにもMSXユーザーは一人もいなかったし、「月下の夜想曲」のオマケCDでその名を見るまでは存在すら知りませんでした(そもそもそこで初めてMSXの名を知ったくらい)
なので当然、触れた回数も一番少ないし、特別な思い入れもありません。

ただ、もしもディスクシステム版がMSXの仕様に合わせて本作と同じ一画面探索型になっていたとしたら、「悪魔城ドラキュラ」のその後はどうなっていたのだろう? と思うことはよくありますね。
続編の「ドラキュラII」も探索型であったことから、もしかしたらそのまま探索型アクションRPGの方向で続いていったのかもしれない。
「悪魔城伝説」もマップ移動型の箱庭探索型アクションになっていたかもしれない。
それはそれでやってみたい気もしますが。

10年後に人気となるシステムのベースがこの時点でもう出来上がっていたのは驚きですが、やっぱり当時の主流は「シンプルかつ分かりやすい」ゲームだったんだろうなあ、と。

「初代」の影響が強すぎてだいぶ色眼鏡で見ているだろうし、落ち着いてじっくり見られなかったということも大きいと思うし、Wii Uで購入したこの機会にできるだけ公平な目で見直してみたいと思います。
でもずいぶん前に買ったけど全然起動させていない辺り、お察しくださいという感じ。
まあ、最初に触れた方に大きく影響されるというのは仕方ないことなんだけど。

同期のシリーズ作品など(再掲)

2019年10月29日

誕生日に何か書いてみる。その21

リ「お兄ちゃんに任せておき
マ「たあー!」
ド『ぐはあ!』
リ「……」

第二十一回目は

「悪魔城ドラキュラX 血の輪廻(ロンド)」

1993(平成5)年10月29日(金)、今年で26周年です。

コナミがPCエンジンに電撃参入したのが1991年。
翌年にはCD-ROMで「スナッチャー」「グラディウスII」とヒットを飛ばし、続くCD-ROM第三弾として選ばれたのが「悪魔城ドラキュラ」シリーズ最新作「血の輪廻」でした。
当時、雑誌に掲載された写真を見て受けた衝撃は今でもよく覚えています。
何が載っていたのかはあんまり思い出せないけど。
そのくらい他社とは明らかに違う飛び抜けて高いレベルのグラフィックであり、「やっぱりコナミすげえわ」と改めて思ったものです。
発売が待ちきれなくてゲームショーまで見に行ったのなんて、後にも先にもこれが唯一。

…で、発売されてまた衝撃。
期待を裏切らないどころか想像もしていなかったくらい期待をはるかに上回る素晴らしい出来。
グラフィック、BGM、操作性、難易度、ボリュームと、あらゆる点でPCエンジン最高峰。
「おいおい、これでCD-ROM三作目かよ」と恐ろしさすら感じたほど。

グラフィックは当時把握していたPCエンジンのスペックを軽く凌ぐものだったし(多重スクロールをあれだけ多様かつ自然に用いた作品はほかにはないはず)、主人公や敵のパターンもこれまでより遥かに細かく多彩になったし、各ステージやボスのデザイン・演出も鳥肌が立つほどカッコイイ。

BGMはCD-DAによる生音…でも必要以上に意識を奪わない程度に抑えつつ、それでもしっかりと存在を主張してくるような絶妙なドラキュラサウンド。
ゲームをしていないときでも音楽CDとして大活躍してくれました。

操作性は…そういえば特に意識したことがなかったなあ…と思いましたが、実はそれって一番すごいことなんじゃないかと。
特にアクションゲームは操作性でゲームの九割は決まると思っているので(※個人の感覚です)、無意識に、引っかかる点もなく行えるのはしっかりと調整した影の努力の賜物。

難易度は理不尽さもなく、難しすぎず易しすぎずのちょうど良いバランス。
…実はこれだけは二周目がないことも含め、シリーズファンとしてはちょっともの足りなさを感じたりもするのですが。
しかし、各敵のさまざまな攻撃やボスのファイナルアタック等、パターンを構築する楽しさはかなりのものだったし、「素晴らしすぎるがゆえのもの足りなさ」というわがままな要望であることはシリーズファンなら理解できると思う。

ボリュームは全13ステージという数に加え、各ステージいくつもの分岐や隠しが用意されているほか、操作性のまったく異なるマリアの存在により、何度やっても新たな発見があると思えるくらいに奥深い(未だに何かあるのかないのか解明されていない幽霊船動力部先の隠し部屋とか)
達成率100%なんてただの通過点にしかすぎません。

−−−−−

シリーズで5本の指に入る代表作なのは言わずもがな、PCエンジントップクラスのゲームとして、もっと言えば世に存在する数多の2Dステージクリア型アクションでも上位間違いなしの超名作。
もちろん…というべきか、リアルタイムで体験しないとこの本当の凄さは理解できないかもしれませんが、たとえ今からやったとしても、決して色褪せない魅力があることは分かってもらえるんじゃないかな。
とりあえず、「PCエンジンには多重スクロール機能はない」という点を念頭に置いてプレイしてみてください。

シリーズファン、ひいてはアクションゲーム好きにもぜひおすすめしたい作品の一つです。


流れとしてビジュアルシーン関連に触れることができませんでしたが、個人的にはそれほど問題視はしていません。システム的に、エンディング以外は見るのも一回きりですし、浮きまくってはいるものの出来自体は悪くないですし。
正直に言うと思いとどまってほしかったですが、頭ごなしに拒絶するものでもないというか。
毎回毎回流れてきたらさすがに萎えたと思いますけど。

同期のシリーズ作品など(再掲)

2019年10月27日

誕生日に何か書いてみる。その20

人々に勇気とストレスを与える男。

第二十回目は

「ドラキュラ伝説」

1989(平成1)年10月27日(金)、今年で30周年です。

時代が昭和から平成に変わって初のドラキュラ作品(だったんだなあ…)
ついでに言うとドラキュラ初の携帯ゲーム機作品。

「初代」や「MSX版」の説明書でも存在が示唆されていたベルモンド家の祖先。

「英雄クリストファー伝説」として歴史にその名を刻み、人々から崇め奉られる偉大な存在。

…まあ、確かにあのスペックで勝つことができたのはある意味伝説的と言えなくもないかもしれない。
「むしろアレで立ち上がる気になったこと自体がすでに伝説級」とか当時も自分の周りでネタにされていた気がする。

しかし、一見リアル凡人レベルのスペックしかなさそうなクリストファーだけど、実は垂直ジャンプ2メートル超えという恐るべき脚力を誇っているという事実も。
横方向へは1メートルもいかないのは都合よく忘れろ。
その脚力をもってすれば、左右の移動なんてたぶん10倍は軽く出せるだろうし、ゼルド(1面ボス)程度蹴り一発でオーバーキルできそうだし。

そう考えると、本気を出せば5分でカタがつくけど、あえてドラキュラにハンデを与えてやっているのかもしれない…とか思い始めるようになった。
むしろ、悪魔の力を手に入れた男をあっさり潰したら英雄どころか逆に迫害されかねん…。

そうだとすれば、トゲだらけの天井が落ちてこようが、下からトゲがせり上がってこようが、右からトゲが迫ってこようがとにかくまったく動じない強靭極まりない精神力も納得できるし?


マジメに(?)考察すると、歩き(横方向)とジャンプ(縦方向)の速度差が尋常じゃないほどありすぎるっていうのが操作性に大きく影響していると思う。
本来なら移動もジャンプもほぼ同じ速度で行われるのが自然で、そうすると横ジャンプ時の角度も必然的に45度前後になると思うんですけど、クリストファーはどう見ても70度以上あるし。
結果、高度はあるくせに飛距離はさっぱりという…。
たぶんですけど、横移動はそのままでも、縦方向の速度を半分くらいに落とせば違和感はだいぶ減るんじゃないかなあ。
それで作品のキモ(?)であるギリギリジャンプがなくなったら難易度ダダ下がり間違いなしですが。

アーケード版とかと同じで決して手抜きをした結果ではないけれども、操作に遊びが少なすぎるのが最大の難点。
スマートにクリアできるようになったときの嬉しさは相当なものですが、それまではただのドMというか苦行みたいなものですからね…。

無理せずコツコツと進めながら、ときどき無双系かなんかで発散するといいんじゃないでしょうか。
もっとも、無双系に行っちゃうと帰ってくるのが大変なんですけど。

続きを読む

2019年10月19日

誕生日に何か書いてみる。その19

一人称:ぼく、おいら、俺、俺様

第十九回目は

「悪魔城すぺしゃる ぼくドラキュラくん」(FC)

1990(平成2)年10月19日(金)、今年で29周年です。

「ドラゴンクエストIV」「ファイナルファンタジーIII」という大御所の登場から約半年後、注目タイトルの少ない隙をついて出された感のある(実際にそんなこと狙ってやれるわけないんだけど)「悪魔城」シリーズ初のスピンアウト作品。
ぶっちゃけコナミがトチ狂ったとしか思えなかったのですが、同年に「パロディウスだ!」(AC)がある辺り、コナミにとって1990年はパロディブームもしくは強化年間にでもなっていたのかもしれない(妄想)

その影響もあってか、本家「悪魔城ドラキュラ」における悪魔に魂を売ったかのような(褒め言葉)背景の描き込みはすっかり鳴りを潜め、ファミコン初期を思わせるような単色でのっぺりとしたデザインに…。
当時、自分の中では「悪魔城伝説」レベルがコナミに求める期待値であり、第一印象はコナミが数年分レベルダウンしたようにしか思えず、前述の2タイトルですっかり散財したこともあって結局スルー。
触れたのは相当後になってからでした。

見た目だけで判断するとダメだなー…と学習したのはその時。

発売からさらに数年が経っていたにもかかわらず、遊んでみるとこれがまた楽しい。
「悪魔城ドラキュラ」とはまた違ったアプローチの仕方で、順を追って手に入る特技を駆使してステージや仕掛けを突破していくというのは面白いアイデア。
うまく場面に合った特技を使えば驚くほど楽になるし、逆もまた然り。
このあたりはサブウェポンを彷彿とさせますが、いつでも自由に切り替えられることにより試行錯誤も簡単にできるのが特に良い。

見た目からくる「ヌルそう」というイメージもまったくそんなことはなく、後半は本家にも劣らない熾烈さ。
ただし、パワーアップやサブウェポン(連射アイテム・ハート含む)などの積み重ねるタイプのシステムがライフの最大値増加を除くと一切ないおかげで、リトライ時でもほぼ同条件で挑めるのは大きな違い。
本家初代のブロック4ボス・フランケン&せ○しを短剣で攻略しなければならないドギツさに比べたらなんと親切なことか。
(ライフが3か5かの違いも後半になると結構デカいですけど)

難点はGB版でもちょっと触れたとおり、サブゲームがクッソつまらないという点に限ります。
事前のあみだくじといい、4つのサブゲームといい、ランダム要素が強すぎる(というかランダム要素しかない)せいで、遊ぶというよりは「やらされている」感しかない。
十字キーをぐるぐるまわすだけ(で結果はランダム)の「ふくびきガラガラ」に、ほかはすべて賭ける場所を選ぶだけ(で結果はランダム)と、プレイヤーが努力して何とかできる余地は一切なし。
コインを使い切らないと終わらないため、30枚も40枚も稼ぐと絶望と殺意しか感じない。
むしろ罰ゲームかっていうくらいにどれもがとにかくつまらないので、慣れると次第にコインを避けるようになるのは極めて正常な行動です。
最初のころは残り人数が多いほど安心だからキッチリやるけど、ヘタに増えすぎると一旦やめる(パスワードを表示させる)際に絶望と殺意が…。

結局のところ、コインは20枚以上取ってはいけない(教訓)

−−−−−

後半は単なる私怨になりましたが、全体的には本家ほど意気込まずに、気軽に楽しく遊べる作品になっていると思います。
実物でもプレミア化はしていないし互換機もたくさんあるし、シリーズじゃないという事実をガン無視して「アニバーサリーコレクション」にも収録されたので、GB版に比べれば格段に触れてみやすいかと。

見た目の魅力のなさで損をしているものの、中身は良く練られた面白いアクションゲーム。
未プレイの方はぜひ。

続きを読む